やりたいことをやる、助けたい人を助けながら生きる輝き

近所に日本ワインを出す食堂がある。

外観からインテリアまで店主のおっさんの”こだわり”が凝縮されたお店。

店外の黒板には、おすすめメニューではなく、おっさんの世の中への叫びが書かれている。政治・格差(ときどき料理)のこと。苦笑

正直「お洒落なお店」と紹介されることはないであろうその独特なお店。お客さんを呼ぶためにデザインされた一般的なレストランとは一線を画している。おっさんの表現とお客さんの感性がぶつかる場だ。

「グラスで気に入った日本ワインを安く出すのは結構厳しいんだけどね。僕が好きだから。」

長らく採算がとれず、コロナ前は小学校の給食センターの派遣の仕事を掛け持ちしていたそうだ。「大変ですね〜」というと「好きなことやれているから楽しいよ」と返ってきた。おっさんのその姿は明るく力強い。

給食といえば、私が子供の頃は、クラスの当番が食べ終わった食器を給食室まで運んでいたが、最近はセンターの職員が教室まで行って回収するらしい。

そんな給食の食器の回収作業の中で、おっさんは気になる女の子に出会ったと話してくれた。

毎日似たようなスエットを着て、最後まで給食を食べている女の子。

ある日少し残った給食をおっさんが、そのまま下げようとしたら「あ〜〜もったいない!」と最後の米粒一つまで惜しそうに食べていたそうだ。

身なりや様子から察するに、おそらく家庭で満足な食事が採れていないことが想像できてしまい、飽食のこの日本で、食べれない状態に置かれている子がいるんだと、おっさんは胸が強く締め付けられてしまったらしい。

コロナで休校になり、同時におっさんの給食派遣の仕事もストップした。

おっさんの店の経営の方は、休業補償金が出たので、小さなその店は家賃を払っても、多少余りがある状態だった。

そこでなんと、おっさん、補償金の余りのある部分で、店で無料の子ども弁当を配ることを始めた。

おっさんはずっと給食が止まって、あの女の子が食べられているだろうか、気がかりだった。

直接は届かなくても、地域の誰かがそうした手を差し伸べる循環があの子のような境遇の子に届けばいいと。

休業補償金が出なくなった今、おっさんはtwitterで集めた有志や寄付で、その無料お弁当配布を続けている。

好きな日本ワイン・感性をお客さんと分かち合いたい。採算の帳尻があわない部分は、調理の資格で副業してまぁなんとかする。

助けたい人がいて、自分は料理が作れて、手元に休業補償金の多少の余りがあるから弁当配って助けちゃう。

すごくプリミティブ(原始的)でピュアなおっさんの行動に、競争優位性や市場を取ることばかりが頭占めていると枯れてしまうと、ふと思った。

1 COMMENT

李眞由美

おっさんがしていることは、顔の見えるつながりだと思う。
お弁当をもらう人との交流、笑顔でおじさんも相手も癒される。
そんな場があることが大切だと思う。

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